在原 繁・津紀子 宣教師 派遣国:アルゼンチン/ミシオネス

Arihara
Profile
静岡県生まれ。関西聖書学院、MTC(宣教師訓練センター)で学ぶ。
1988年 アルゼンチン日系人伝道に5人家族で出発。アルゼンチン、ミシオネス州ポサダス市を拠点とし、パラグアイを含め毎月11カ所 (3000Km)を巡回伝道。サンハビエル開拓伝道を応援後、現在、モンテカルロにて現地開拓伝道を応援。

御殿場純福音キリスト教会ホームページ http://www4.tokai.or.jp/gotembanewhope/

◎現地からのレポート

    arihara

    「我が奥地宣教30年戦争」 
    アルゼンチン 在原繁・津紀子

      昭和49年3月、その日のニュースは瞬く間に全地を駆け巡り、感動は世界を揺り動かしました。ニュースの主人公とは「我がルバング島30年戦争」で時の人なった小野田寛郎氏その人のことです。
    昭和19年情報将校としてフィリピンへ派遣され、同20年の終戦後も任務解除命令が届かなかったため、ルバング島の密林にこもり戦闘を継続。同49年3月に任務解除命令を受けて帰国した、というものです。
    もう一つの衝撃は「30年間という気の遠くなるようなナガ~イ歳月を、よくもま~密林で戦い続けられたものだ」というものでした。「天皇陛下のご命令は絶対」という覚悟とも信仰ともいえる生き様は、頑なまでに忠義を尽くした「会津白虎隊」や新選組「土方歳三」を彷彿させられます。決して歴史小説に酔って言うのではありません。忠義(忠実)の素晴らしさは聖書の中で称賛されている「エペソ教会」の姿でもあるからです。その後ブラジル移住を果たした小野田氏は牧場経営に着手。その牧場が私たちの宣教地の近くだったことに再び感動を覚えながら今日に至っています。
     そして現在、「よくもまあ~30年という気の遠くなるような・・・」と仰天していた私たちが、同じ年数を地の果ての宣教地で過ごしてきたのです。30年の宣教行程は、長~いようで短いものでした。ここで「反省点」を二つほど。
    1)「恐いもの知らず」は、実は私のことでした。「政情不安と悪化する治安」「大自然の驚異」「文化ショック」が巨大な壁となって自分の前に立ちふさがったその時、理想と現実のギャップに打ちのめされた私は、「何とかなるだろう・・」という甘い考えを打ち砕かれることになりました。それは、日本にはない恐い現実を体験したことがなかっただけであって、内面は臆病だったのです。
    2)私が「土の器」(Ⅱコリント4章7節)であることを思い知らされました。「自分の中から良いものは何も出てこない」は本当でした。宣教とは「内なるキリストが、私を通して働かれること」。ア―メン、です。(繁)
     
  • イグアスの滝


 

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